妊婦や、小学生までの子どもを育児中の母親を対象とした、日本の育児支援団体「NPO法人 リスニングママ・プロジェクト」(以下リスママ)。
「ワンオペ」「孤育て」など、母親一人で育児に奮闘するアンハッピーな言葉が乱立する現代で、少しでもたくさんの母親たちが気軽に自分の話ができる場所を提供するために立ち上げられたボランティア団体だ。(2018年9月にNPO法人化)
リスママが提供する「おはなしDay」では、「傾聴力」と呼ばれる聴くための専門トレーニングを修了したリスナーたちが、オンライン会議室アプリ「Zoom」を使って無料で20分間、ただ話を聴いてくれる。
これだけでは、悩みに対してアドバイスがもらえるコーチングやカウンセリングと比べて、「ただ話を聴いてもらうだけ?」と思う人も多いのではないだろうか。
しかし、実際に活動しているリスナーと利用者の方々に体験談を伺ってみると、「聴く」ことが持つ果てしない可能性が見えてきた。
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本物の「聴く」は人生を変える
『私、「聴くマニア」なんです。聴くことは本当に面白くて、探究心が止まらない。もっと聴けるようになりたくて、今は通信大学で心理学を勉強しています』とゆったりとした口調ながらも、強い意志で語ってくれたのはリスナー歴1年の、あんらくまさみさんだ。
香港駐在中の2016年にママイキのセミナーを通じて、リスママを知ったというまさみさん。
当時は「叱らない育児を実践中なのに、叱ってしまう自分」に葛藤を覚えていたことから、初めておはなしDayを利用。
その後、「絶対に今日は怒らない」と決めた日に、当時4歳の息子さんがお友達を押したことを強く怒ってしまい、怒りたくないのに怒ってしまうつらさ、強く怒った日から息子さんに夜驚症のような症状が出てしまったことへの責任感などから、育児がつらくなり再度リスママを利用。
そこで『一度目に話した「自分がイライラして子どもを叱ってしまうこと」と、二度目に話した「お友達を押したこと(=叱らなければいけないこと)を叱った」のは全く性質の違う話だったと理解できた。時には叱る必要があると心の折り合いをつけられたことで、自分なりの育児の方針が見えた』という。
そこから何度もリスママを利用するうちに、『この聴く力を自分だけのものにしていたらもったいない!』と一念発起。
まずは大切な家族である自分の子ども、夫へ。さらに、悩んでいるママたちへ。自分が受けた「聴く力」を恩送りしたい一心で、翌年にはリスナー養成講座を受講し、リスナーになることを決意した。
まさみさんは『家族がつらい時に話を聴いてあげられるようになりました。ずっと自尊心の低さが悩みだったけれど、自分を信じたら、社会を信じられるようになった。本物の”聴く”に出合って、人生が変わりました』と自信を持って話す。
リスママが大切にするのは”共感力”。どのリスナーも、利用者の話をまるごと受け止め、「そうだね。そういう考えもあるね」と、一切否定することなく聴き続ける。
『お話してもらう内容は、つらい話じゃなくてもいいんです。リアルの友人には言いづらい子どもの自慢とか、ハッピーな話題でもいい。各リスナーのキャラクターは人それぞれですから、怒った話はこの人、ハッピーな話はこの人、などリスナーの使い分けもしてもらえたら嬉しいです。』
20分の感動ドラマ
次にお話を伺ったのは、シアトル在住のリスナー・奥田あい子さん。
リスママの発起人である高橋ライチ氏主宰のブライト・リスニング講座を受講していた縁で、1年半前からリスナーとして活躍している。
高橋氏から直接リスナーの打診を受け、『育児中に自分が感じたやりきれなさや孤独、つらさを軽くするお手伝いができるなら』と快諾。日本とアメリカの時差に苦しみながらもリスナー養成講座を修了し、唯一のアメリカ在住リスナーになった。
あい子さんは、東京、石垣島、アメリカと移り住み、さまざまな文化に触れてきたことで『普通、常識、先入観といったフィルターを外して聴くのが上手くなりました。人の話を大きな枠で捉えて聴けることが、今のリスママの活動にも活きています』と語る。
実はリスナーは悩める母親たちを助けている立場に思えるが、話を聴くうちにリスナーであるあい子さんのほうがハッとなる場面も多くあるそうだ。
『20分間、私はただ話を聴いているだけなのに、利用者さんは自分でどんどん答えを見つけていくんです。毎回、感動のドラマを聴かせてもらって感謝しています』。
他のリスナーとの交流もかなり盛んだ。
リスナー同士で自主的に行うオンラインの勉強会では、「共感力について」「右脳と左脳をリンクさせる聴き方」など、毎回専門的な内容を積極的にシェアしあい、日々研鑽を積む。
無料のボランティア活動とは思えないほど、皆貪欲に「聴く」ための知識を吸収し続けている。
『昔は自分が長く続けていることも、学びたいと思うこともなくて、自信を持ってできると言えることが一つもなかった。今は、誰かが困っていたら”私は話が聴けるよ”と手を差し伸べられるし、その自信と経験が私のコアをどんどん肉付けしてくれるんです。』とあい子さん。
それでも、現在9歳の娘さんとの関係に悩む姿は、他の母親と変わらない。
『娘の前だとまだ親の顔が出てしまって。”お母さん、その言葉はしっくり来ないよ”とか言われながら日々勉強中です(笑)』。
同じ悩みを乗り越えてきた母親だからこそ、今悩んでいる母親たちの心に響くリスナーになれるのだ。
ジャッジされない心地よさ
三人目は、2014年の香港駐在中にリスママと出合い、今は日本で社会福祉士の資格取得に向けて勉強中の、リスママ利用者である安信(やすのぶ)昌子さん。
当時は、育児の悩みはもちろん、保育士を辞めて夫に帯同してきたこと、本当にやりたい仕事のことなど、ずっとモヤモヤとした思いがあったという。
その思いを、リスママを通じて初めて言語化したことで自分の考えを俯瞰的に見られるようになり、社会福祉士という新たな目標に気づくことができた。
『ああ、私ってこんなこと考えてたんだなって。自分で、自分の人生の伴走者になれた感覚です。』と自身に起きた変化を振り返る。
『ただ聴くだけのリスママだからこそ、どんな話をしてもジャッジされない心地よさ、安心感がある。話すたびに新しい発見があります』。
その後は日本に帰国してからも定期的にリスママの利用を続け、自分の考えをどんどんアウトプットしながら、心の整理をつけていくのがルーティンになっている昌子さん。
カメラをオフにし、完全に音声だけで20分間ひたすら話すリスママ。悩み相談だけでなく、自己発見にも絶大な効果があるという。
『もっと早くリスママに出合っていたかった。新しいことをする環境が揃っているのに自信がない人は、ぜひリスママを利用してほしい。どんな人でも、リスママは大きな味方になってくれます』と語ってくれた。
マラソンの給水ポイント
最後に話を伺ったのは、利用者のSさん。
元々、リスママ発起人の高橋ライチ氏と懇意であったSさんは、リスママの活動そのものを応援したいという意味で創設時から利用者として参加。
Sさん自身、さまざまな人と関わりながらクリエイターとして”場”を創る仕事をしているからこそ、誰かの話を聴くだけではなく、自分の話を聴いてもらう大切さを身をもって知っていたという。
『週一回、マラソンの給水ポイントのようにリスママを利用しています。他の人の話を聴くためには、自分が健やかでいないといけない。心の膿を出したり、心の足場を作ったり、時には祈ったり。自分の中に積もった感情を整理するために、リスママが必要ですね。』
Sさんは、明るくハキハキとしていて、自分の好きな仕事を生業とし、一見さまざまな悩みとは縁遠そうな女性にも見えた。しかし、彼女のような女性がリスママを利用することこそ、リスママの多様なニーズを示しているのだという。
『リスママは、悩んでいるママたちの駆け込み寺と思われがちだけれど、そうじゃない。例えば、私みたいに強く見える資質を持った女性が本当にもっと強くなれたり、ポジティブな人がもっとポジティブになれたり。自分らしくいるためには、聴いてもらうことがすごく重要なんですよ』。
「聴く」パワーは、母親たちが元々持っている個性・資質を最大限引き出すことができる、新しいエンパワーメントツールなのだ。
ひとりひとりのストーリーに寄り添う共感力
子どもを育てている女性たちの悩みは、一つとして同じものはない。彼女たちは、ひとりひとり異なるストーリーを生きている。
リスナーも利用者も、そのストーリーに共感しながら、ただ聴き、ただ話す。それが心地良い。
育児や仕事のモヤモヤからちょっと親ばかに思える子ども自慢まで、どんな話でも受け入れてくれるリスママ。
自分自身の内なる声を聴いてもらうことで、いつも新たな気づきを与えてくれるリスママ。
そんな新しい心のセーフティーネット・リスママは、今日も誰かの話を聴いている。
(取材協力:NPO法人リスニングママ・プロジェクト)
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